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初正月を迎える女児の正月節句に贈る羽子板は、羽根突きをするための遊具的な羽子板ではなくとても繊細で美しい絵柄の衣装生地を使用し華やかな簪などで装飾が施された観賞用のための羽子板です。日本の人形作りの特徴でもありますが羽子板も、かんざし職人、切り板職人、面相師、着せ付けなど、分業化され1人の職人がすべてを完成させるものではありません。
羽子板も時代とともに少しずつ変化してきました。お客様の好みやその時代の生活上のしきたり、風習、 身なり、服装、世相等から現在の傾向を考えると同時に流行を先取りし、押絵≪厚紙などの台紙の上に衣装裂を張り、綿を入れて立体的に絵を作る江戸時代初期に考案された技法≫の形や色合いや衣装生地を決めていく。最近はマンション・アパートなど、部屋数が少なく、狭いなどの住宅事情からも、『小さくて、品質の良いもの』が求められる傾向にあるように思えます。また、このこだわりの傾向はケース本体やケース内の装飾部品にも見られます。職人の感性は羽子板という完成品として表現されます。各羽子板職人の違いを見比べながら選ばれることも楽しい事と思います。お客様が好みの羽子板と出逢えるため、直接目で見て御納得の上選ばれることをお勧めいたします。御来店の際には御家族皆様でおいで下さい。大切なお子様のために時間をかけた事も楽しい思い出となることと存じます。

はねつき

正月に羽根を突くことは、「世諺問答」(せげんもんどう)(1544年刊)には、無患子(ムクロジ)の実に長い竹ヒゴをさし、鳥の羽根をつけ、板で突きあげたとあり。その羽根の飛ぶさまが虫を食べるトンボに似ているので、子供が蚊(伝染病を媒介)に刺されないおまじないとして始められたという意味の事が書かれています。中国の14世紀ころに硬貨をつけ錘とした羽根を蹴る遊びがあり、室町時代にこれが日本へ伝来、これが羽根つきの起源とされています。室町時代の『看聞日記』には「正月に御所で、宮様や女官たちが紅白に分かれて、羽根突きに興ぜられた」との記録があります。戦国時代から羽根つきに厄払いの想いがあり、江戸時代には年末に邪気除、厄除、縁起ものとして。女児の誕生時に羽子板を贈る風習が確立されたことや、歌舞伎の人気役者がモデルとなった羽子板が登場したことで、羽子板は人々の生活に定着しました。女児の初正月に飾るこの習慣が現在も受け継がれているのは昔も今も変わらぬ親が子を思う心なのではないでしょうか。
当社の破魔弓飾りは長くお飾りしても飽きのこない手づくりにこだわりました。ただそこに形さえあればいいというものではなく弓矢の意味を踏まえ意識した手づくりの破魔弓飾りはインテリア性に優れ、質感に溢れ温かみもあり存在感が違います。シンプルな形だけに職人の技術が光ります。お飾りになるスペース、御予算に合わせてコンパクトなサイズから大きなサイズまで豊富な種類の中からお選び戴けます。大切な正月節句のお祝に相応しい手づくりの破魔弓飾り、当社お勧めの逸品です。何卒御高覧の上ご用命賜りますようお願い申し上げます。
破魔弓(はまゆみ)とは弓と矢をセットにしたもので男児の初正月に災厄除、無病息災を願いお飾りするものです。日本に於いての弓と矢は神威的かつ神秘的なもので手を触れずに、遠くの敵や獲物を仕留めることのできる弓矢は、「遠矢・遠矢射」ともいわれる力として特別なものとされその年の吉凶占いに用いられたり家内安全を祈願する幣串と同じように、家の鬼を祓う魔除けとして用いられたりと厄除けの縁起物として知られています。また家屋の守護神にこれまでの工事が無事に進んだ感謝と、このさき竣工に至るまでの加護を祈願し、禍なく幸多いことを祈り上棟式に小屋組に奉納される神祭具としてもとても身近な存在です。平安時代には弓の両端に弦(つる)を張り、矢を掛けずに弦を引き、音を鳴らす事により邪気を祓う事を目的とする退魔儀礼;「鳴弦の儀・めいげんのぎ」が始まったと言われています。元々は誕生儀礼として始まり、次第に夜間の警鐘及び滝口の武士の名対面の時、天皇の日常の入浴時(蔵人が担当する)、主の病気祓い、不吉な出来事が起こった際など幅広く行われるようになりました。こうした用法から、世界各地で弓は弦楽器の起源の1つとなったと考えられ、儀式に用いる弓矢ではなく、本来の弓を楽器として用いる場合もあり、代表的な物としてハープがあります。ハープは楽器ですが、弓を起源とし、その形態を色濃く残すものです。
茨城県古河市東1-4-1
人形工房 つむらや